中国ブログ「どうしたら羽生みたいな子供が育つのか」

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羽生結弦の育て方

いつもMacで書いてますが、今日は久々にWindowsから。
使いにくすぎワロタw
今日の記事投稿が若干遅れたのはすべてこのアホ
窓のせいです!ヽ(`Д´)ノプンプン
途中firefoxが強制終了してすべてが( ᐛ) パァ
と思ったらオート保存機能に助けられた…

さて表題
日本でも結構この手の話題見ますけど、中国でも同じこと考える人がいてた模様w

画像は元ブログからそのままお借りしてます。
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彼らはスーパースターを育てましたが、全てのインタビューを断り、決して露出しません。そのような両親だったからこそ、羽生は力強く謙虚なのです。

 

4年前の4月

仙台の中心部でソチオリンピックの金メダリスト・羽生結弦の勝利を祝うパレードが行われました。

彼は当時19歳。

まだ純粋で、とても賢いフレッシュなティーンエイジャーですが、この子供っぽい金メダリストからは何か秘められた力を感じます。

http://inews.gtimg.com/newsapp_match/0/3344677618/0

若葉が出芽した日から四シーズンが経ちました。

怪我から立ち上がり、リンクの上に立って、棘を打ち砕き、霧を打ち消す光線のように表彰台の一番高い場所に再び立ちました。

彼がついに故郷に帰ってきた!

故郷仙台は羽生が生まれた場所であり、彼が数えきれないほどの力とサポートを受けられれる場所です。そこは故郷であり家族がいる場所です。

この家族は彼と同じようにあまりメディア露出を好まず、家族メンバーもまた「ステルス」です。インタビューも無ければ、ブームに便乗しようとする親戚もいません…。


温かく見守る祖父母

3月末、羽生一家が頻繁に訪れていた仙台の食堂に、このような手紙が届きました。

この手紙は、羽生の祖父と祖母によって書かれたものです。

これは暖かく、感動的で、控えめな家族の理想形です!

この手紙に焦点を当ててみます。

1. 感謝感謝感謝そしてさらに感謝。この短いメッセージの中に、4回も登場する言葉です。あなたの暖かいサポートに感謝。この誠意は、手紙を読む人だれもが感じることができるでしょう。

2. 家族メンバー全員が会場で彼を応援していた。彼の祖父母を含め平昌会場にいたのに、全く報道されていません!なんという隠密行動!

3. 人生を謙虚に誠実に生きてほしい。この家族は彼に名声や利益を追いかけてほしいとは望んでいません。ただ彼に謙虚で正直であってほしいと願っているんです。
皆さんがなぜ羽生はこのような良い子に成長したのかと尋ねますが、家族が彼に求めていることを見ればこれは明らかですよね!

4. まだ未熟な23歳。ほかの人の両親がこんなことを言うのは不快ですが、羽生の事を、お爺さんとお婆さんの思いを親密になって考えてみてください。彼はほかの人々が生涯到達できない高みに上りました。そして数日前に彼が言った言葉を思い出しましょう。「生きている意味について考えることがあります」
….彼の事を最もよく知っていて、気にかけているのは家族です。

彼に最高の自主権を与えた両親

彼がどうやってフィギュアスケートを習い始めたのか、皆さん知っていますね。しかし、多くの人は知らないかもしれません、今や彼にとって人生となったフィギュアスケートですが、小さい時、彼は練習を退屈に感じ、辞めたいと思っていたことがあったことを。その時、彼の両親の完全尊重式の教育方針により、彼に人生最大の選択権を与えました。
彼がグランプリで連覇した時の記者会見で、沢山の記者が当時20歳の羽生にこのような質問を浴びせました。「自分の子供を羽生選手の様に育てたいのですが、どうすればいいですか?」

羽生はしばらく悩むような表情を見せてから、こう答えました。「僕は僕です。この世に全く同じ人間は存在しません。人はそれぞれ違うものです。僕にもたくさんの欠点がありますよ。でも、欠点ばかりにとらわれず、子供の強みを見つけてあげれば、子供は幸せに育つんじゃないでしょうか。」
小学生のころ、彼は同年代の子供たちが野球で遊ぶのをうらやましく思い、彼の両親にスケートの練習を辞めたいと話しました。羽生の両親は彼に優しく、その選択を尊重すると話したそうです。野球を習いたいなら、そんなにたくさんのお金は必要ありません。フィギュアスケートを嫌いになって辞めても大丈夫。しかしよく考えて選択しなさい、と。

羽生の両親は子供に選択権を与えました。

実際、私たちは子供は理解できないと決めつけ、些細なことまで子供の事について決めたがります。
しかし私たちは分かっていません。私たちの自己主張が、子供たちの自主性を奪い、子供たちが選択によって学ぶ機会を奪っていることに。羽生はよく考えた結果、フィギュアスケートを続けることを決めました。自分自身で決めた事だからこそ、どんな結果になろうが、自分の事として受け入れなければなりません。これが自分自身で選択する、ということの意味です。誰かを責めたり不満を言ったりすることはできないので、ベストを尽くそうとします。

普段の誰に対しても礼儀正しい姿に反し、逆境に強い意志力を見れば、世の中の母親がすべて「自分の子供もこのように教育できたらいいのに」と思ってしまうのは想像に難くないです。

いつも見守ってサポートしてくれる母。彼女は共に戦っている

羽生がまだジュニアの時は、ドキュメンタリーやニュース番組で、羽生と共にカメラの前に登場する「由美大帝」がいました。ジュニアの時は、衣装は母親の手作りでした。

シニアに上がると、母親はペットボトルカバーを手作業で作り始めました。このカバーは衣装のデザインと合っています。17歳の時、彼はブライアンオーサーに支持するためにカナダに行きました。彼女はいつもカナダで彼と共にいました。

「食事はすべて母が作ってくれています。小さい頃からずっと食べている母親の味というのは、やはりすごくホッとするし、そこでしか得られない安心感があります。洗濯も毎日してくれて、家や身の回りをすごくきれいに整えてくれて、過ごしやすい環境にしてくれて…そういうところは、やはり母親ならではのありがたさを感じます。カナダの家は、家族全員が一緒でなくても、“トロントの実家”というと変ですが、“自分の家”だという安心感があります。それは母親が、トロントでずっと側にいてくれて、料理の味だったり、洗濯の香りだったり、そういった、僕の周りの「空気感」のようなものを母が作ってくれるからだと思います。」

と羽生はインタビューで語っています。実は、カナダについてからも、彼はあきらめそうになったことがありました。


カナダでの1年目、英語力も不十分で食事も合いませんでした。コーチは英語を話しますが、彼はただ「イエス」と答えるだけでした。コーチがアクセルを飛ぶように言っても、理解できないからルッツを飛んでしまいます。当時、羽生は崩壊寸前で、由美大帝にも文句を言いました。練習するか、日本に帰るか。

しかしその時、母親は彼に完全な選択権と自主性を与えました。「自分で決めなさい!練習しなければ、今度こそフィギュアスケートを諦める!練習するなら、英語を勉強するところから始めなさい!」

2017年、羽生結弦がフィギュアスケート市場最高得点を獲得した時、コーチは彼を観客の中にいる母親を指さした。

「母とは本当に何でもよく話をします。僕がなんでも言っちゃうタイプなので、自分の頭の中で考えたことをぶわーっと母に話しちゃいますね。(笑)親子だからこそいろんなことを言いあうし、ときにはケンカをすることもあるし、一緒に分かち合える喜びや幸せもあります。そして、逆に、そっとしてくれるのも母親なんです。僕がそっとしておいて欲しいと思っているときには、言葉にしなくてもわかってくれるんですよね。
もともと親子ってひとつの細胞からできているわけじゃないですか。親子だからこそわかる言葉にしなくても伝わる絆や愛情ってあると思います。そういった「距離の近さ」が最終的に心の支えになっているなと思います。」

頑張ったのは羽生自身で、自分たちではない

驚くべきことに、羽生がチャンピオンになった今日でさえ、彼の両親はいまだ謙虚でおとなしく、目立ちたがりません。

特に平昌の前後で。

「羽生の両親は、熱心に働くのは羽生自身であり、両親とは何の関係もないことを示したいと思っています。2人は東北人の特徴を持った両親と言えます。羽生がソチで勝利した時、家に尋ねてくる人が多すぎて、彼らは引っ越さなくてはなりませんでした。」と家族の親しい友人より。

当時、いくつかのメディアは彼の祖父母の家を見つけてインタビューしようとしましたが、彼の祖母はマイクに向かって申し訳なさそうにこう語りました。「遠くから来られて本当に申し訳ありませんが、孫の事は何も言えません」最後に、記者が少しでも良いからと尋ねると、彼女は断片的にいくつかの質問に答えました。

– 羽生選手の性格は両親を中心とした、周りの家族の教育の成果でしょうか?

「いいえ、彼の両親は特別なことは何もしませんでした。」

– 羽生家に家訓のようなものはありますか?

「結弦は両親が育てた子なので、私たちは話す立場にありません。」

 – 有名になった後、両親が話題になり、周囲の親戚は黙っています。これも羽生家の方針でしょうか?

「頑張ったのは結弦本人です。」

 – ご両親の羽生選手への堅実な教育に関連しているのでは

「私の娘ではなく、教師である私の義理の息子(羽生父)の功労だとおもいます。私たちは普通の人間です」

 

ここで私はもう一人、羽生を陰ながら支える人物の事を思い浮かべました。整体師の菊池お爺さんです。彼はインタビューでこう語っています。
「本人も立派ですが、やはりご両親が立派な方です。いちばん立派なのは、感謝の気持ちを忘れないこと。金メダルを取れば、本人も親も天狗になってもおかしくありません。ただ羽生家の場合は、かれこれ10年以上の付き合いになりますが、出会った頃と何も変わらない。
感謝の姿勢は、ご両親が羽生君に言葉で教えたわけではないと思います。両親の背中を見て、自然と身についたのでしょう」

 

様々な試練を経て、現在の羽生結弦が存在します。絶対に自慢したりおごったりすることなく、しかし自分を信じています。このような羽生結弦が生まれたのは、決して表に出てくることのない両親の教えによるものでしょう。2014年、羽生が優勝した時、通りかかったスタッフが彼に言いました。「両親が窓から見ていますよ!」
この19歳の目にはすぐに幼さで溢れました。

今はどうでしょう?彼に限りないポジティブな力を与える彼の家族は、きっとどこかで彼の事を誇らしげに見ていることでしょう!

 


 

中国語→日本語なのでインタビュー内容とか原文と違うところありますが、なんとなくの雰囲気で…w

羽生選手は本当にいいご両親に恵まれましたね!

しかし由美大帝ちょいと有能すぎやしませんか?
ペットボトルカバーかわいいし。

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2件のコメント

  1. まんぷくさま、記事更新ありがとうございます。
    窓は使いにくいのですか?お疲れさまでした。

    由美大帝のペットボトルカバー素晴らしいですね。
    そもそも自分で作るという発想のない私は、もう何年も前にミネラル麦茶のおまけに
    付いてきた、リラックマのペットボトルカバーを使っております。
    キイロイトリもリラックマのとなりにいます。
    時々洗濯機でぶん回して洗うので、もうクタクタですが、まだ使います。

    まんぷくさま、お仕事たいへんですか?
    ステイヘルシーですよ d( ̄  ̄) よい週末を。

  2. 名無しの猫さま

    久々に使ったら窓使いにくかったです〜(;_;)

    あ、わたしもわたしも〜自分で作るとかまず選択肢にないですから〜(^◇^)ハハハ
    と言うか、女子力がマイナスな私はそもそもペットボトルカバーなるものを持っておりませんから〜(^◇^)
    キイロイトリ!?!?!?
    そ、それは素晴らしい…
    キイロイトリの水筒さえあれば私だって毎日飲み物を作って外出する気になるかも!

    思った以上に大変ですね…orz
    あと1ヶ月なのでステイヘルシーで頑張ります!

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